「瑞垣っ!」
海音寺は怯えを含んだ声で目の前の男の名を呼んだ。
その腕は掴まれ逃れることが出来ない。
「瑞垣!」
もう一度呼ぶ。
その声に反応したのかピクリと瑞垣の身体が動いた。
反応してくれたことに海音寺は安堵の息を漏らした。
が、それも一瞬。次の瞬間、海音寺は再び表情を凍らせた。
ゆっくりと上げられる瑞垣の顔。
見えた表情は口は緩やかに弧を描いているのに、瞳はほんの少しも笑っていなかった。
その瞳の奥にあるのは感情を含まない暗く冷たい光。
「っ・・・」
海音寺は息を呑んだ。自然身体が震える。
震えが掴んだ手から瑞垣に伝わった。
「どうした?身体、震えてるで」
「あ、当たり前じゃろっ・・・瑞垣、そんなもんもって何考えとるんじゃ・・・」
そんなもんと言って海音寺が視線を向けた先は瑞垣のもう片方の手。その手にはカッターが握られていた。
言われ、瑞垣もまた緩慢な動作で視線を移す。
「あぁ、これか?」
言いながらカチカチとカッターの刃を出した。
「これな、こうするんや」
出した刃を海音寺の手のひらにあてがう。
「っ!?・・・・・・ふざけんなっ・・・!」
逃れようと掴まれた手を引くが、しっかりと掴まれた手は動かない。
「大人しくしぃや、海音寺。そんな暴れると余計ザックリいってまうで?」
「ザックリって、お前・・・・・・・・・!?」
瑞垣の言葉に一瞬大人しくなった海音寺を瑞垣は見逃さなかった。
その瞬間に掴んだ手を思い切り引き、身体を引き寄せる。
抵抗を忘れていた海音寺の身体は簡単に瑞垣の胸の中に収まった。
瑞垣は海音寺の耳元に唇を寄せ囁いた。
「安心しぃや。大人しくしとったらどうってことあらへん」
顔を上げれば瑞垣の視線とぶつかる。
海音寺はダメだと思った。
今の瑞垣に逆らってはダメだ。大人しくしていた方がいい。
海音寺が抵抗しなくなったことを感じ取ると、自分の胸に収まっていた身体をそっと起こす。
掴んでいた手を2人の目の高さにまで持ち上げた。
その手にもう一度カッターの刃をあてがう。
「瑞垣・・・」
瞳を大きく揺らし、震える声で呟くように名を呼んだ。
瑞垣は一度海音寺に笑顔を向け、カッターを持つ手に力を入れた。
「い・・・っ・・・・・・」
鋭い痛みに海音寺は顔を歪ませた。
出来たのは2cmたらずの傷。大して深くはないが、ゆっくりと血は盛り上がり手首に向かって僅かに流れ出した。
ズキズキとする痛みに顔をしかめながら海音寺はその血の流れの行方を見た。
ふと瑞垣が動く。掴む海音寺の手に顔を寄せ、流れる血に舌を這わした。
流れ出た血を舐め上げ、傷口に唇を押し付けた。
舌で傷口を舐める。
「あ・・・」
ゾクリとしたものが海音寺の背筋を駆け上がった。
海音寺は瞳を閉じ、空いている方の手で瑞垣の服の裾を掴んだ。
瑞垣が顔を上げる。舌の感触が消えたことに気づき、そっと目蓋を持ち上げる。
己の手を見れば、深くない傷から流れ出た血は既に止まっていた。
視線を上に上げれば絡まる視線。瑞垣はくすっと笑いを漏らした。
「なに泣きそうな顔しとんのや」
くっくっと笑い続ける。
「痛みなんて直ぐに消える。痕も残らんから安心しろや」
言ってもう一度傷口にキスを一つ落とす。
「大切な大切な一希ちゃんに痕残すわけないやろ。傷つける時は残らんようにうまーくやるよ」
海音寺は身体の力を抜きながら瑞垣の肩に顔を埋めた。
裾を掴む手に力を入れれば、頭上から瑞垣の押し殺した笑い声が聞こえてきた。
※歌詞的にはこんな意味ではないんだろうが、瑞垣だとこんな感じで。
突発的なので、瑞垣が何をやりたかったとかはよく分かりません(苦笑)
たぶん、傷つけたかったんですよ。で、最後は満足したと。
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