一年に一度しか会えない存在、彦星と織姫。
その事実を、そんな彼等を素敵と言うおかしな奴がいるが、そんなの嘘だ。
本当に素敵と思っているのか。
その上、素敵と言っておきながら人は自分の願いを叶えてもらおうとする。
なんて身勝手なのだろうか。
俺はそんな幻想めいたものに願いを請わなければ、素敵とも思わない。
逆に、奴等に哀れみを感じる。
勝手に願いを叶えてくれる存在に仕立て上げられ、一年に一度しか互いに会えない奴等を哀れに思う。
「俺は奴等を可哀想と思うで」
携帯を片手に自室の窓辺から瑞垣は暗く闇に染まる空を見上げた。
生暖かい風と身体に纏わりつくような湿気が身体を僅かに火照らせた。
空にはいくつもの星が瞬き、その中央には星で出来た川が流れていた。
「あぁあれが」と7月7日という日に誰もが見ることを望むものであるのだなと頭の片隅で思った。
そんな瑞垣の耳に機械を通した声が届く。
『突然電話してきたと思ったらなんじゃ、意味不明なこと言って』
「意味不明なことあらへん」
『十分にある』
「一希ちゃんたら意外に頭弱いのね」
この無機質な機械の向こう側でしかめっ面をしているであろう海音寺を思い、瑞垣は笑った。
さわりと風が吹いて、カーテンが動く。風は一瞬身体を火照りを攫っていく。
「願いごとしたんか?」
主語を濁して問えば、一瞬の間が空く。
あぁというひらめきの声が聞こえたと思えば、海音寺の声が再び瑞垣へ届く。
『そうか。今日は七夕じゃな』
そういうなり、携帯を通して伝わる動く気配。
おそらく、海音寺が窓辺に移動したのだろうと瑞垣は考えた。
『天の川綺麗に見えるな』
海音寺の一言に、瑞垣もまた視覚で天の川を認識した。
確かに綺麗に見えるそれに、伝説上の人物を思い浮かべた。
「海音寺、俺は奴等を哀れに思うんや」
『・・・奴等ってもしかして彦星と織姫のことか?』
「他に誰がおるん」
『お前はほんま分かりづらいやっちゃな』
呆れたように笑う声。
じっとりと湿気を含んだ風とは正反対の軽やかさがその声にはあった。
「俺はな、海音寺」
『うん?』
「何があっても奴等のようにはなりたいとは思わん」
『そうか』
海音寺は何も言わず、相槌だけを打った。
続く瑞垣の言葉を待つ。
「例え世間が奴等の愛を美しいと言っても、一年に一度なんて耐えれんやろ」
視界に映る天の川を疎ましく思うように、無事に一年に一度の逢瀬を迎えているであろう二人を哀れむように、瑞垣は目を細めた。
「愛しいやつに一年に一度しか会えんなんて考えたくもないな」
だから俺は奴等に哀れみを感じるんやと最後に呟いたのを最後に瑞垣の言葉は止まった。
静寂と微かな機械音が二人の間に流れた。
空を見上げれば、織姫と彦星の逢瀬を祝福するように輝く星々。
星々は集まり、一つの輝く川を作りあげている。
海音寺は一つ息を吐いた。
二人は何を思って出会っているのであろうか。
別れ際、また一年待たなければ会えないと思い知らされる瞬間、彼等は自分達の運命を呪わないのだろうか。
それは考えても分からないことだけど、想像は出来る。
一年に一度の逢瀬はとても美しいけれど、それは想像以上に辛いであろうということ。
恋焦がれ、日々を過ごす。互いが互いに想いあえばあう程、それは大きいに違いない。
『その意見には俺も賛成じゃな』
瑞垣はカーテンを閉め、視界から空に流れる川を消した。
壁にもたれ、意識を電話に集中させる。
「海音寺くんと意見があって嬉しいわ」
ふわりとカーテンが揺れる。
冷たさを増した風が瑞垣の頬を撫でていった。
卑しくてもいい。
愛おしい者には毎日会いたい、声を聞きたい、触れたい。
だから、奴等の運命を美しいとは思わない。
特殊ではない、平凡な毎日。だけれど、会いたいと思える時に会える毎日の方がいい。
※数日遅れの七夕小ネタ。
もう最後まとまりがつかなくなって、かなり強引な終わり方になってしまいました(死)
言い訳はもうしません・・・。